豆鳥の巣立ち

旅と小説とその他もろもろ

プラハ カフカを探して

<ついにプラハ

 これまで何度も名前だけが登場してきたが、ここにきてようやくチェコの首都プラハについて書くことができる。3週間の旅行の間、1週間近くはこの街に滞在していたので、その分書くべきことも多い。なので、何回かに分けて色々と紹介しようと思う。

 ちなみに、今回の旅はこのプラハからはじまって周辺国を巡った後、最後にもう1度プラハに戻って数日過ごした。そのため、同じプラハの文章でも日時がずれている部分が出てくるかもしれないが、あらかじめご了承願いたい。

 

プラハといえばカフカ

 チェコの見どころはいくつもあるが、初回はあえてマニアックな文学のジャンルから攻めてみる。

チェコの代表的な作家といえば、『ロボット』『山椒戦争』のカレル・チャペック、『存在の耐えられない軽さ』のミラン・クンデラ、『あまりにも騒がしい孤独』のボフミル・フラバルらが有名だが、プラハといえばやはりフランツ・カフカだろう。

カフカはこの街で生まれ育ち、執筆と並行してこの街の保険会社で働いていた生粋のプラハ市民であった。当時のチェコオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあり、社会的に優位な立場にある人々の間ではドイツ語が用いられていた。ユダヤ人の家に生まれたカフカはよい生活のためにチェコ語ではなくドイツ語の教育を受けさせられたため、作品もドイツ語で執筆されている。こうした、チェコで暮らしているのにドイツ語を使う矛盾と、さらに自分がユダヤ人であるという不安定さが、奇妙で不条理な彼の作品の根底にあると考えられる。

 

カフカ賞授賞式場>

 カフカはいまもプラハ市民の間で親しまれている。もう少し意地悪な言い方をすれば、重要な観光資源として利用されているようだった。なので、ここからいくつかカフカに関する観光スポットをご紹介する。

 まずは旧市街広場にある旧市庁舎。この建物に設けられた天文時計を見ようと多くの観光客が押し寄せるが、ここはフランツ・カフカ賞の授賞式場としても使われている。カフカ賞の受賞者は2006年の村上春樹が有名だが、それ以外にもエルフリーデ・イェリネクハロルド・ピンターといったノーベル文学賞作家に加え、フィリップ・ロスやハヴェル元チェコ大統領(彼は劇作家だった)といったそうそうたる面々だ。多くの人にはなんのこっちゃって話しだが、海外文学が好きな人にとっては興奮ものの場所なのである。

ちなみに、旧市庁舎の中にある礼拝堂は、結婚式場としてプラハ市民に人気があるらしい。これについてはまた別の機会で記述する。

 

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 旧市庁舎。手前にあるのが天文時計。

 

カフカの生家は現在>

 旧市街広場の近くには、カフカの生家がある。ガイドブックに載っていないので、きっとひっそりとした目立たない場所にあるのかと思いきや、行ってみると入口に堂々と「カフェ・カフカ」と書かれていた。

 調べてみると、現在カフカの生家は記念館になっており、建物も一部を残して建て替えられているらしい。カフェ・カフカというのはその中に作られたカフェテリアのようだ。なんだか観光客擦れしたその外観に拍子抜けしてしまい、ぼくは足を踏み入れずに通り過ぎてしまった。墓場で騒ぐ人はいないのだから生家もそっとしておいてやれよ、と思ったが、ぼくのような観光客が多く訪れるので自然とこういう形態になったのだろう。そう考えると、これも仕方がないことなのかもしれない。

 

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 カフカの生家。ひっそりとしているのかと思いきや、めっちゃ宣伝していた。

 

カフカ博物館>

 カフカについて詳しく知りたい人は、モルダウ川沿いにあるフランツ・カフカ博物館に行くといい。場所は少し分かりづらいが、カレル橋から大きな看板が見えるので、その辺りを目指して歩けば見つかるだろう。

 橋を渡ってプラハ城側に行き、お洒落な建物が並ぶ小道をしばらく進むと、博物館の標識が見えてくる。敷地内に入ると、観光客は奇抜なオブジェにぎょっとさせられる。それは2人の男性が向かい合って立ち小便をしているもので、なぜか数分おきに腰が回転し、男性器が上下する仕組みになっている。なにを表しているのは全く分からないが、さすがはカフカだ。

 

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 敷地内にあるオブジェ。まさにカフカ

 

 博物館の前にも『審判』や『城』の主人公である「K」の巨大な文字が置かれていて、中に入る前からすでに度肝を抜かされる。だが、博物館のチケットはこの建物ではなく、手前のミュージアムショップで買わないといけない。店の中にはカフカの絵はがきやカレンダーなどのグッズが並べられているが、チケットはレジのおばちゃんから直接買うことになる。大人1人180コロナ(約900円)と少し高い気もするが、新市街地にあるミュシャ美術館のチケットとセットで買うと半額になるそうだ。両方訪れる予定の人は、先にそちらを観てから来た方がいいだろう。

 

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 博物館前にある巨大な「K」の文字。

 

チケットを買って、ようやく博物館に入った。館内はうす暗く、カフカの作品世界を表現しているかのようですこし不気味だった。だが、他の人のブログでも言及されているが、チケットを確認した係員のおばあちゃんがとてもいい感じだった。品の良さと優しさを兼ね備えていて、きっとむかしは可憐な文学少女だったのだろうと思わず微笑ましくなった。

 館内は撮影禁止だったので写真は載せられないが、展示内容はカフカの略歴や手紙、彼と関わりのある女性たちの紹介などオーソドックスな資料もあったものの、やはり全体的にシュールで前衛的だった。『城』をイメージしたらしいオブジェや、カフカのイラストをもとにした不気味な棒人間のアニメーション。さらには、せまい階段を下りた先に何十ものコインロッカーが整然と並んでいて、その途中に設置された電話から誰だか分からない人の声が聞こえてくる(なにかの作品にそんなシーンがあったのかは覚えていないが)。そして、最後の部屋は一面真っ白で、しかも壁が合わせ鏡になっており、来場者は複製された自分自身を目の当たりにすることになる。最初から最後まで、カフカらしさにあふれた演出だった。

館内はおおよそ一時間もあればだいたい観て回れ、博物館としてもアトラクションとしても十分楽しめた。だが、カフカの小説と同様、神経をかなり刺激させられるため、観終わった後はけっこう疲れてしまった。

 

<その他のカフカゆかりの場所>

 ぼくは訪れなかったが、その他にもカフカゆかりの場所は色々とある。プラハ城内には黄金小道という細い路地があり、その中にあるNo22と書かれた青い家は、生前のカフカの仕事場である。また、Zelivskeho駅近くにあるユダヤ人墓地では、いまもカフカがひっそりと静かに眠っている。

 このように、プラハにはカフカに関するスポットがいたるところにあるので、それらを巡りながら観光するのもいいだろう。今年2014年はカフカの死後90周年にあたる。これを機にプラハを訪れてみては、とまでは言わないが、1度彼の作品を読み直してみてはいかがだろうか。

 

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 空港の免税店で買ったカフカチョコ。これ1個で50コロナ(約250円)という驚きの価格。