豆鳥の巣立ち

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このブルノ観光記はあまり役にたちません

<ブルノ市民はわざわざブルノを観光しない>

 ブルノではあまり観光らしい観光はしなかった。だらだらと「外こもり」に近い生活を過ごしていたからでもあるが、それ以上に、この街を観光することにあまり興味が湧かなかった。わざわざ観光目的で大阪城に登る大阪人がいないように(いることはいるだろうが、あれはあまりにも日常に溶け込み過ぎている)、集合団地の人らに混じってスーパーで買い物をしていたら、なんだか自分が観光客ではなく、ブルノ市民であるかのような気がしたのだ。

 だが、それではこの街に来た意味がないから、ブルノで訪れた観光スポットを少しだけご紹介する。はじめに断っておくが、これはぼく自身の怠惰が原因であり、ブルノの街に見どころがないという意味ではないので、あしからず。

 

<シュピルベルク城跡にて>

 日本でも海外でも、ぼくは新しい街に来たらとりあえず城を見に行く(外から見るだけなら基本的にタダだから)。ここブルノでもそうだった。

市街地の西側にある自然公園のような敷地内を登ると、シュピルベルク城跡にたどり着く。この城は13世紀にボヘミア国王プジェミスル=オタカル2世によって建造された。17世紀からは監獄として使われ、第2次世界大戦時にはナチス・ドイツがチェコ人を収容したことでも知られる。かつての監獄は一般公開されているが、ぼくが行ったときは午後からしか開いてなかったので、興味がある人は事前に時間を確認しておいた方がいい。

 監獄の他にも、城の敷地内には塔や博物館などがある。それぞれを見学するには共通のチケット(200コロナ、約1000円)を買わなければならないが、その額を払って余りある内容だ。

 まず、塔から一望するブルノの景色。手が届きそうなくらい近い青空の下、赤い屋根の建物が並ぶ街並みは、まさに壮観だ。吹きつける風は少し寒いかもしれないが、ここで景色を眺めながら、ぼんやりともの思いにふけるのもいいかもしれない。

 

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シュピルベルク城跡からの景色

 

塔の次は、博物館を観に行くのがいいだろう。展示内容はブルノの現代アーティストの作品や、調度品、はてはアーキテクチャーと、様々な角度からブルノの街の歴史に迫っていて、全部見て回るのが大変なほど充実している。

 特にぼくが気に入ったのは、現代アートの展示だ。ブリキのおもちゃをモチーフとしたかわいらしい作品もあったが、なんだかどれも不気味でうす気味が悪かった。それは、作品の多くが1968年のプラハの春前後に作られたという時代背景があるからだろう。ヤン・シュバンクマイエルの映画や、カフカの小説(もっとも彼はドイツ語作家だが)に見られる寓意性と得体のしれない恐怖が入り混じった独特な雰囲気は、チェコ特有のものなのかもしれない。

ただ、シーズンオフなのと平日だったためか、博物館に入ってから出るまで、客はぼく1人しかいなかった。作品をゆっくりと観て回れるのはよかったが、かえって係員の視線が気になって落ち着かない。係員らもかなりヒマなようで、ぼくがいるのも構わずおしゃべりしていて、これで経営は大丈夫なのかと余計なお世話を覚えてしまうほどだった。

 

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 シュピルベルク城の城壁

 

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 城跡内の交通標識。セグウェイで登る人がいるという衝撃。

 

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 誰?

 

<聖堂と市場>

 城を観た後は、旧市街地に下りてみよう。旧市街地は半径500メートルほどにまとまっており、街歩きにはちょうどいい規模だ。路面電車も走っているので、1日もあれば隅から隅まで見て回ることができるだろう。

 城から10分ほど歩くと、右手にひときわ目を引く大きな建物がある。それが聖ペテロ聖パウロ大聖堂だ。ここは1092年に建てられたロマネスク様式の教会がもととなっているが、その後の30年戦争で1度消失してしまったので、現在のようなネオゴシック様式になっている。特徴的な2つの尖塔には登ることができるらしいので(ぼくは登らなかったが)、城からとはまた違った景色を楽しむことができるだろう。

 

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 聖ペテロ聖パウロ大聖堂。ペテロなのかパウロなのかはっきりしてほしい。

 

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 聖ペテロ聖パウロ大聖堂の近くにあったモニュメント。友愛がテーマか。

 

 旧市街地の中心にある緑の広場では、青果市場が開かれている。この市場は13世紀から続く伝統的なもので、新鮮な野菜や果物だけでなく、ホットワインなども売られていた。規模は小さめで、季節のせいなのか屋台の数も少なかったが、ブルノらしい素朴な光景が広がっていた。

 

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  青果市場。真中の奥にあるのは噴水。

 

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 建物の壁に描かれたアート作品。なお、ベンチに座るおばあちゃんは本物です。

 

<旅の途中の休息地>

 ブルノには他にも興味深い観光スポットがたくさんある。ぼくは行かなかったけれど、旧市街地には「メンデルの法則」で有名なメンデル博士の博物館があるし、少し離れたところには近代建築の名作と誉れ高いトゥーゲントハート邸という世界遺産がある。また、この街を起点として、オロモウツやレドニツェ城といったモラヴィア地方の観光地を訪れるのもいいだろう。

 とは言え、観光をほとんどしていないやつがおすすめの場所を紹介するのも無責任な話だ。なんだか無理やり文章を書き連ねている感がいなめないので、今回は次の段落を最後に筆を置くことにする。

けっきょくのところ、ぼくにとってブルノは、観光地ではなく旅の途中の休息地だった。どこか日本と似た雰囲気が漂うこの街で、なにもせずだらだらと過ごしたからこそ、この後数カ国を訪れる気力や体力を取り戻すことができたのだ。そして、観光や希少な体験をするだけが旅のすべてではないことを、この街は教えてくれたのだった。